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『リストカッターズ』

原作「クネレルのサマーキャンプ」の映画

· 映画

 ケレットの中編「クネレルのサマーキャンプ」を原作にゴラン・ドュキックが監督した2007年の映画。日本では未公開でDVDさえ出ていなかったが、この秋の来日時の「ケレット映画祭」でHD版日本語字幕付きで本邦初公開。回数限定なのでお見逃しなく。

 自殺した人だけが行き着くあの世は、この世とあまり変わらず、しかもこの世よりちょっとさえない。誰も笑わないし、星もない。みな自殺した時のままの姿なので頭に穴が開いたりしている。そんなさえない世界でピザ屋で働くズィアは、元カノのデシレも自殺したと聞き、彼女を探す旅に出る。

 旅の道連れはロシアからアメリカに渡った移民のユージーン。なんと彼は一家揃ってこの世界に住んでいるという。家族皆がそれぞれ自殺したのだ。

 オンボロ車に乗り込んだ二人はヒッチハイクするミコールという女性を拾う。自分は責任者を探すのだ、間違いでこの世界に来たのだから、話をつけて戻らせてもらうのだ、とミコールは主張する。

 旅の途中で行き着いたのはネラーという男が営む不思議なキャンプ場で、そこでは取るに足らない小さな奇跡が起きる。壊れていたヘッドライトが点き、マッチが空を舞う。

 

 監督は「クネレル」だけじゃなくケレット作品が好きなのだな、って思わせてくれるのが、助手席のシートの下の話。ここに何かを落とすとなくなってしまう。ズィアが「穴でも開いてるの?」と聞くと、ユージーンは「穴っていうか、ブラックホール?あるいはバミューダ・トライアングルみたいなもんかな」って。これはケレットの最初の短編「パイプ」を思わせる。あっちの世界に行くには人それぞれの方法があって・・・っていうところに「バミューダ・トライアングルを通ったり」っていうのが出てくる。バミューダ・トライアングルって!70年代生まれにはたまらんフレーズである。世界の七不思議。そしてその異次元にズィアはサングラスから何から落としまくる。

 

 結末は小説と少し違っていて、そこが副題の所以なのだろうけど、これはこれでいい結末。エンディング前のトム・ウェイツのいたずらっぽい顔がいい。

 アメリカでは2006年のサンダンス映画祭で初上映され、翌年劇場公開。カルト的な映画として人気を誇る。広く一般受けはせずとも、観た人が「ベスト5に入るわ」と言うような映画。ちょっと暗く黄色味がかった映像も特徴的なら、ネラーを演じているのがトム・ウェイツというのもポイントだが、なんと言っても印象的なのが、ジプシーパンクバンド、ゴーゴル・ボルデロ(Gogol Bordello)の音楽である。特に作中で三人が歌う"Through the Roof 'n' Underground"という曲が、一度聴いたら耳から離れない。

 ちょっと陰鬱で切ないアコーディオンの音色、「街のいたるところに罠が仕掛けられている。逃げられる方法は屋根を抜けるだけ」と言った閉塞感漂う歌詞。それがサビのとこの叫びで高揚する。これはオオカミやコヨーテなどの野生動物のような、そんな精神を持つニンゲンの叫びだ。

反グローバリゼーション、反ジェントリフィケーション、国境の狭間で生きる移民たちの歌だと思う。国境越えてもどこ行っても変わらない、でも水平移動で見つからないなら屋根を超えるか地下に行くか、どこかにきっと場所はある。そういう叫びに聞こえる。

 バンドメンバーはほとんどが移民で、ボーカルのユージーン・ハッツはウクライナ出身でチェルノブイリの原発事故で故郷を失い、7年の難民生活を経験してNYにたどり着いたという。

 この曲の歌詞がこの映画の内容と絶妙にマッチしているのは、この映画もまた、行き場のない人の行き着く先を描いているからだ。水平移動でどこにも行けないなら、上もあれば下もある。上が天国だとするなら、この冴えないアナザー・ワールドは下なのかも。その歌詞の内容は、この世のどこに行っても自分はハマらないと思ってパイプに潜り込んで別の世界にたどり着いた、ケレットの「パイプ」の内容と絶妙に共振している。

 映画の中で主人公のお供をする悪友の名前はユージーン。きっとゴーゴル・ボルデロのユージーン・ハッツから取ったのだろう。女性登場人物の名前はMikalで、これは監督Goran Dukicの奥さんでプロデューサーのMikal Lazarevから取っているのだが、そのプロデューサーのMikalがエスキモー娘のNanukを演じているのがまたややこしい。

 日本に紹介されていない素敵な映画はまだまだあるのだな、と思わせる珠玉の一本。

 予告編がわりに、映画の名場面とともに奏でられる"Through the Roof 'n' Underground"をどうぞ。

 今回は上映のみでソフト化の予定はないけれども、是非とも!という方がいれば監督・プロデューサーと繋ぎます。